※本記事は、現時点で私自身が感じている疑問や問題意識を整理し、今後の判断や議論に向けた思考の途中経過として記録するものです。
いま、引っかかっていること
市役所の働き方改革の一環として実施されている「ノー残業デー」について、その形式や運用が、当初の目的から少しずつズレてきているのではないか、という違和感を持っています。
特に、庁内で一斉に同じ曜日に実施することが前提になっている点については、なぜ全庁一律でなければならないのか、その必然性が見えにくいと感じています。
なぜ今、考える必要があるのか
ノー残業デーは、一般的にはワークライフバランスの向上を目的としています。
一方で、私自身はその副産物として生まれるはずの業務の見直し・整理・改善・効率化こそが、本質的な価値ではないかと考えています。
しかし現状では、「ノー残業デーだから早く帰る」「この日は残業しないことが前提」
といった形で、制度そのものを守ることが目的化していないか、という点が気になっています。
制度が形骸化していると感じる場面
現場から聞こえてくるのは、
- 業務内容や忙しさが部署・担当によって大きく異なる中で、一斉実施がストレスになっている
- 「ノー残業デー」という名目がないと、早く帰りづらい雰囲気がある
- 周りの人より先に帰ることへの心理的なハードルが残っている
- 形だけ制度を守ることで、業務が翌日に先送りされ、業務量自体は変わっていない
といった声です。
こうした状況が続くと、制度を守るためにストレスが生まれ、結果として業務改善につながらないという、本来とは逆の状態になってしまう懸念があります。
いま、結論を出さない理由
現時点では、ノー残業デーが「機能している」「機能していない」と単純に判断できるだけの材料が揃っているとは言えません。
たとえば、
- 全体として残業時間は減っていても、一部の職員に長時間・高頻度の残業が集中していないか
- 属人化した業務が、結果的に残業を生み続けていないか
- 管理職の残業実態が、議論の対象から外れていないか
- 対人業務・防災業務など、制度と相性の悪い業務でしわ寄せが起きていないか
こうした点を整理しないまま、制度の是非を断定することは避けるべきだと考えています。
私が否定していること、否定していないこと
ここで一度、立場を明確にしておきます。
- 否定していること
一般的な「ノー残業デー」という形式にとらわれ、制度の修正・更新・再設計が行われないまま続いている状態。 - 否定していないこと
少しでも職員の働き方を良くしようとする取組全体や、働き方改革そのものの方向性。
制度をやめることが目的ではなく、目的に合った形に見直す余地があるのではないか、という問題意識です。
次に考えたい視点
今後は、
「特定の日に残業しないかどうか」ではなく、
- 残業業務そのものをどうマネジメントするか
- 業務量や負担が、誰に・どこに集中しているのか
- それをどう可視化し、組織として共有できるのか
といった、残業業務マネジメントと可視化の視点で、働き方改革を捉え直す必要があると感じています。
ノー残業デーは、そのための一つの手段に過ぎず、目的を達成できるのであれば、手段は一つである必要はないはずです。
おわりに
今回の活動ログでは、ノー残業デーという制度に焦点を当てましたが、本質的には、制度の是非そのものではなく、業務の在り方や仕事の進め方をどう見直すかが、より重要なテーマだと認識しています。
人口減少が進む現代において、人が減っていく流れに逆行するように行政事業や業務が肥大化していけば、職員の負担は増え、結果として持続可能性が損なわれていきます。
これからの小千谷市が持続可能であり続けるためには、個別の制度を守ることにとどまらず、業務量そのものや進め方を定期的に見直し、整理し続ける視点が不可欠だと考えています。
このテーマについては、引き続き拙速に結論を出すことなく、実態を丁寧に確認しながら、どのような形が本来あるべき姿なのかを考え続けていきたいと思います。


